北琵琶湖方面4

 北琵琶湖周辺の領主であった浅井長政の居城の小谷城。典型的な山城で、小高い山の山腹に位置する。これを登り攻め揚げるのは大変だ(登って撮影したのもしんどかった)。長政は、織田の妹のお市の方を伴侶としたが、最後には長年の関係をもった越前の領主朝倉とともに織田に敵対した。致命的なことに、長政は生き残るための外交と判断を間違ったことになる。
 難攻不落ということで、織田軍に攻められて篭城という策があるが得策でない。何故なら、食料や水に限界があるためだ。そのため、陽動作戦に乗ってしまいで姉川で、浅井・朝倉VS織田の戦いになった。
 肥沃な名古屋や岐阜辺りを基盤意持つ織田を敵にまわして、大きな産業もなく肥沃な土地柄でもない北琵琶湖の領主は、同様に経済力の少ない日本海側の越前の領主と組むことを選んだ。このことは基本的に間違っていることに気がついていただろうに、追い出した父親の意見や部下の意見を聞いて判断を間違ったと言える。

小谷城跡(小さな土盛が天守閣跡)。歴史の流れに漂った、このあまりにも小さい山城と桜。

説明しないとイケナイ写真だった。反省・・・。

北琵琶湖方面4_c0022089_207494.jpg

by sixjump | 2008-04-21 20:10 | Trackback | Comments(0)
名前
URL
削除用パスワード
<< 北琵琶湖5 北琵琶湖方面3 >>